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東京高等裁判所 昭和32年(ツ)37号 判決

上告人(被控訴人・被告) 佐藤保夫

訴訟代理人 宮崎梧一 外一名

被上告人(控訴人・原告) 熱海平和タクシー株式会社

訴訟代理人 山本喜一 外一名

主文

原判決を取消す。

本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

上告代理人宮崎梧一、小石幸一の上告理由は、別紙上告理由書記載のとおりである。

上告理由第一点について。

訴訟前の和解調書の執行力ある正本に基く強制執行の排除を求める請求異議の訴の第一審は、訴額の如何にかかわらず、調停調書の執行力ある正本に基く強制執行の排除を求める請求異議の訴の場合と同様、民事訴訟法第五六〇条、第五四五条第一項、第五六三条及び第三五六条第一項の規定により、当該和解の成立した簡易裁判所の専属管轄に属すると解するを相当とするので、(昭和三一年二月二四日言渡最高裁判所昭二九年(オ)第一六七号事件判決参照)これと異る見解に立脚する原判決は法の解釈適用を誤つたものというべく、したがつて論旨は理由あり、原判決はこの点において破毀を免れない。

よつて民事訴訟法第四〇七条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)

代理人宮崎梧一、同小石幸一の上告理由

第一点原判決は、起訴前の和解に対する請求異議の訴については、民事訴訟法第五六〇条の規定による同法第五四五条第一項の規定の準用はなく、右訴の第一審の管轄は、訴額に従い、当該和解をした簡易裁判所又はその所在地を管轄する地方裁判所に専属するものと解するのが相当であると判断し、その理由として、傾聴すべき種々の議論を展開している。

しかし、民事訴訟法第五六〇条は、「………訴訟上の和解………ニ因レル強制執行ニハ………第五百三十一条乃至第五百五十二条………ノ規定ヲ準用ス但第五百六十一条、第五百六十二条ノ規定ニ依リ差異ノ生スルトキハ此限ニ在ラス」と規定し、右第五六一条、第五六二条は、起訴前の和解調書を債務名義とする強制執行について何等別段の規定をしていないから、起訴前の和解調書に対する請求異議の訴については、同法第五四五条第一項の管轄規定の準用あることは勿論であり、従つて右請求異議の訴は、訴額の如何に拘らず、当該和解をした簡易裁判所の管轄に属し、且つ同法第五六三条によつて右管轄は専属であると解するのが正当である。

そして仮に右第五六〇条にいう「訴訟上の和解」が、狭義のいわゆる訴訟上の和解のみを意味し、起訴前の和解はこれを包含しないものと解釈すべきものとしても、起訴前の和解調書が確定判決と同一の効力を有することは、狭義の訴訟上の和解調書と全く同様である(同法第二〇三条)から、それに対して執行力の排除を求める請求異議の訴については、ひとしく、右第五六〇条に準拠して同法第五四五条第一項の準用あるものと解すべきである。

かくの如く起訴前の和解に対する請求異議の訴は、訴額の如何に拘らず、当該和解をした裁判所の管轄に専属するとなす見解は、旧民事訴訟法第三八一条の規定の存在した当時からの通説であり、またこの見解の上に裁判所における実務上の慣行が成立しているのである。

原判決は、右第五四五条第一項の準用排除の根拠の一として、仮執行宣言付支払命令に関する同法第五六一条の規定を類推援用するが、右規定は同法第五六〇条本文の原則に対する例外的特別規定であるのみならず、仮執行宣言付支払命令と起訴前の和解とでは、債務名義形成の基盤が全く相違しており、両者に対する請求異議の訴について、原判決のいうように「異別に解すべき理由はない」とはいえない。起訴前の和解は当事者の納得諒解に基礎を置くものであつて、債権者の一方的申立に基いて発せられる仮執行宣言付支払命令とは著しく異り、むしろ、民事調停と趣を同じくするものということができる。

そして最高裁判所は、簡易裁判所で成立した調停調書に対する請求異議の訴が、訴訟物の価額を基準として地方裁判所に提起された事案につき、原判決とその立論的立場を大略同じくする上告理由を排斥して、「調停調書の執行力ある正本に基く強制執行の排除を求める請求異議の訴の第一審は、当該調停の成立した裁判所の専属管轄に属することは、当裁判所の判例とするところであつて(昭和二四年(オ)第二七一号、昭和二八年五月七日第一小法廷判決)、論旨は理由がない」と判示している(昭和二九年(オ)第一六七号、同三一年二月二四日第二小法廷判決、判例集第一〇巻第二号一三九頁)。

原判決は、最高裁判所の右判例の趣旨と相反する判断をしたことともなり、民事訴訟法第五六〇条(第五四五条第一項)に違背した違法がある。

そして右違法は、もしそれがなかつたとすれば、原判決が本件控訴事件の実体につき審理の上判決したのであろうことは洵に自明であるから、これを以て、判決に影響を及ぼすこと明らかなものというべきである。

よつて原判決は破棄を免れないと信ずる。

第二点原判決は起訴前の和解に対する本件請求異議の訴の第一審の管轄について、土地管轄は専属なるも、事物管轄は専属でないものとの見解を採用している。そして本件第一審において被告たる上告人が管轄違の抗弁を提出せずして本案の弁論をした事実を認めながら、一面、第一審に応訴管轄が生じないものと判断し、他面、職権を以て第一審の任意管轄違背の点を「顧慮」して、第一審が不当に専属管轄を認めたものとしてその判決を取消した。その理由として、原判決は、本件訴の訴額が第一審簡易裁判所の管轄の範囲を甚だしく超過していること、本件訴の第一審の事物管轄が専属でないにも拘らず第一審簡易裁判所はこれを専属であると誤解して管轄を肯定したものと解せられること等を挙げ、かかる場合には、控訴裁判所は「例外として適正維持のため」、前段のとおり解することが相当であると論じている。

しかし先ず、民事訴訟法第二六条は、「被告カ第一審裁判所ニ於テ管轄違ノ抗弁ヲ提出セスシテ本案ニ付弁論ヲ為シ………タルトキハ其ノ裁判所ハ管轄権ヲ有ス」と明定している。

原判決の見解の如く、本件訴の第一審の事物管轄が専属でないものとすれば、正に右同条の規定により本件第一審裁判所に応訴管轄が生じたものとしなければならない筋合である。

次に、同法第三八一条は、「控訴審ニ於テハ当事者ハ第一審裁判所カ管轄権ヲ有セサルコトヲ主張スルコトヲ得ス但シ専属管轄ニ付テハ此ノ限ニ在ラス」と規定している。原判決の見解の如く、本件訴の第一審の事物管轄が専属でないものとすれば、本件第一審裁判所は、単に任意管轄である事物管轄についてのみ不当に管轄を認めたこととなるに過ぎないから、控訴審においては、右同条の規定により、第一審裁判所の管轄権について顧慮を払うことが許されない筋合である。最高裁判所は、右同条の法意について、「既に第一審裁判所の終局判決がなされた以上、仮に不当に管轄を認めたとしても、専属管轄に関しない限りは、訴訟経済の見地から、控訴審においてはもはや、第一審の裁判所の管轄権については、争うことを許さない趣旨を定めた規定であると解すべきである」と判示して(昭和二三年(オ)第四号、同二三年九月三〇日第一小法廷判決、判例集第二巻第一〇号三六〇頁)、右の趣旨を明らかにしている。

そして原判決がいうところの、「例外として適正維持のため」、前記両法条の適用を排除すべき場合の基準を如何に定むべきかは、解決至難の問題であるといつてよいであろう。

原判決の冒頭掲記の判断は、結局民事訴訟法第二六条及び第三八一条に違背した違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすこと明かなことは、その点につき第一点で論及したところと同様である。

よつて原判決は破棄を免れないと信ずる。

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